Drama
14 to 20 years old
2000 to 5000 words
Japanese
窓から差し込む光が、埃っぽい部屋の隅に溜まった動画投稿サイトのパンフレットを照らしていた。高校二年生の僕は、その光景をぼんやりと眺めていた。あの日の悪夢が、毎日のように僕の心を蝕んでいく。
妹の美咲は、いつも明るくて、クラスの人気者だった。太陽のような笑顔で、家族を照らしてくれた。でも、ある日、彼女は帰ってこなかった。いや、正確には、帰ってきたけれど、もう二度とあの笑顔は見せてくれなかった。首を吊って死んでいたのだ。
いじめ。それが美咲を死に追いやった闇だということを知ったのは、彼女の葬儀が終わってからだった。クラスメイトからの匿名の手紙。そこには、信じられないほど残酷な言葉が並んでいた。
復讐。その二文字が、僕の心を支配した。加害者を、美咲と同じ苦しみに突き落としたい。憎悪だけが、僕の生きる意味になった。
そんな時、闇の動画投稿チャンネル『ブラックホール』の噂を耳にした。そこには、決して見てはいけない動画が投稿されており、見た者は必ず鬱になり、首を吊って帰ってこないという。闇そのものを具現化したようなチャンネル。
僕は、狂気の淵に立っていた。『ブラックホール』。そこへ足を踏み入れれば、二度と元の自分には戻れないだろう。でも、躊躇いはなかった。美咲のために、僕は闇に堕ちることを決めたのだ。
『ブラックホール』の求人に応募した。予想通り、面接は異様な雰囲気だった。目に光のない男たち。まるで魂を死神に売り渡したかのような女性たち。
「あなたは、何ができますか?」面接官の低い声が、重くのしかかる。
「何でもします。死んでもいい。どんな汚い仕事でも。復讐のためなら」僕は、覚悟を決めて言った。
採用された。意外だった。動画の編集。それが最初の仕事だった。大量のグロテスクな映像、人々の絶望を煽るようなテキスト。吐き気を催しながらも、僕は淡々と作業をこなした。
数週間後、プロデューサーと呼ばれる男に呼ばれた。「君には特別な才能があるようだ。動画に対する理解が早い。新しい企画を任せよう」
新しい企画…それは、僕をアイドルにするというものだった。アイドル? 僕が?
「闇のアイドルだよ。『闇のお姉さん』というキャラクターを演じてもらう。可愛らしい外見で、視聴者を闇に引きずり込むんだ」プロデューサーは、薄気味悪い笑みを浮かべた。
最初、僕は戸惑った。しかし、すぐに理解した。これは復讐の手段だ。アイドルという仮面を被り、視聴者の心を操り、絶望の淵に突き落とす。それこそが、加害者たちへの復讐になる。
『闇のお姉さん』としての活動が始まった。可愛らしい衣装、作り笑顔、甘い言葉。すべてが嘘で塗り固められていた。でも、それが効果を生んだ。僕の動画は、瞬く間に人気を博し、『ブラックホール』の視聴者数は急増した。
次第に、僕は自分の演じるキャラクターに飲み込まれていった。笑顔は引きつり、言葉は鋭利さを増し、心は冷え切っていった。復讐という名の闇が、僕を蝕んでいった。
ある日、街で偶然、美咲をいじめていたグループのリーダー格の男を見かけた。憎しみが再燃した。男に近づき、甘い声で話しかけた。
「あら、こんにちは。私の動画、見てくれてる?」男は、驚いた顔で僕を見た。「え? あなた、もしかして…『闇のお姉さん』?」
「そうよ。そして、あなたの罪を知っている。動画を見て、絶望しなさい」僕は、そう言い残して立ち去った。
数日後、男は首を吊って死んだ。僕の計画通りだった。しかし、喜びはなかった。むしろ、虚無感だけが残った。
復讐は終わった。でも、美咲は帰ってこない。僕の心には、ぽっかりと穴が開いたままだった。闇は、僕自身も飲み込んでしまった。
『ブラックホール』のプロデューサーは、僕の活躍に満足していた。「君は、最高の闇のアイドルだ。永遠に、闇を広め続けてくれ」
僕は、操り人形のように頷いた。もう、抵抗する気力もなかった。ただ、闇の中で生き続けるだけだ。
ある夜、動画のコメント欄に、見慣れない名前があることに気づいた。『Misaki_Forever』。美咲…?
コメントを開くと、そこにはただ一言。「お兄ちゃん、ありがとう」
涙が止まらなかった。美咲は、僕の復讐を喜んでくれているのだろうか? それとも、闇に堕ちてしまった僕を嘆いているのだろうか?
僕は、再び動画投稿を始めた。今度は、闇ではなく、希望を伝える動画を。美咲が伝えたかった、優しさや温かさを。僕にできることは、それしかない。
『闇のお姉さん』は、もういない。代わりに、死んだ妹の分まで、光を灯す存在になろうと決めた。漆黒の螺旋から抜け出すことはできないかもしれない。それでも、僕は、希望を信じたい。